2020年3月8日日曜日

ウイルス診断キットについての雑感集 ②

インフルエンザ感染診断キットの思い出

 僕は、1991年から2016年まで有床診療所で活動していて、外来診療は昔の話となってしまったので「思い出」という感じです。 
 ネットを調べると、日本では1999年(平成11年)にインフルエンザの診断キットが利用されるようになりました。その頃はA型対応のみでしたが、直ぐにA型・B型対応になりました。そうすると、僕は7年ほど診療所でこの検査をしていたのだと思います。検査の方法は免疫酵素抗体法(ペーパークロマトグラフィを利用)というものです。

 なお、この検査は粘膜におけるウイルスの存在自体あるいはその一部の構造の存在を検出するというものと思われます。この表現の意味するところは、微妙な状況のことを含んでいるのですが、詳しく説明することが出来る態勢が今の僕には整っていません。ただ、感度のことを考えると、この検査が陽性であればウイルスの存在自体を検出していることの蓋然性は高いと僕は思います。また、他人に感染する程度であることを意味しているのかどうかも僕には判りませんが、やはり感度のことを考えると、この検査が陽性であれば感染のリスクがある程度と思ってもよいのかもしれないと思います。
 何故こういうややこしい言い回し方をするのかと言いますと、新型コロナウイルス検査で問題になっているPCR検査はウイルスの核酸構造を大幅に増幅して検出するという検査法なので、陽性が出てもウイルスの一部の構造を拾っただけかもしれない可能性が大きくなるからです。そのウイルスが粘膜に引っ付いたということは確かでも、もう今は問題がないという可能性があるからです(実質上の偽陽性)。

 さて、僕は鼻腔の粘膜を専用綿棒で擦過してくる方法(鼻腔ぬぐい液とする)を利用していました。文献上は咽頭粘膜よりは鼻腔粘膜の方が総合的によいとのことらしいですが、僕自身は直観的に鼻腔の方がよいと思いました。
 僕の診療所では、このサンプル採取の手順はナースには任さずに自分ですることにしていました。実際にしてみると、十分鼻腔の奥にまで綿棒を突っ込んで粘膜を擦る必要性を感じたので、検者による個人差が出るのを嫌い自分ですることにしたのです。そして、検査の時には予めベッドに臥床して待っていただき、そこに自分が出向いて綿棒で擦ってくるのです。これを坐位で行うと、患者が頭部を反射的によけたりして粘膜損傷をしかねないので、逃げられないように臥床していただいていました。そして、僕の左手で額を抑えて右手で綿棒を突っ込むと安全に奥まで突っ込むことが出来ました。どうせするなら偽陰性になる因子を避けないと失礼に当たると考えましたので、予め、「一寸痛いかもしれませんが我慢お願いします」と言って行いましたが、優しく擦るようにしていました。

 「昨日ここに来て陰性だったが、次の日も発熱したのでもう一度他所の医院にったら陽性だった」という話は後でよく聞きました。その逆もよくありました。検者のしつこさにも多少影響されるかもしれませんが、症状が出てからの受診の時間が結果的に早過ぎたら陰性で、その次の日には陽性という流れが多いのだろうと思いました。
 検査キット製造会社の情報では、「24時間以内でも陽性が出ます」というメッセージがありますが、「それはそうだと」僕も同意します。そもそも症状が出てからというタイミング自体が曖昧なのです。ただ、症状が出てから直ぐに来れば来るほど陰性率が高くなるのは間違いがないはずです。やはり、特に理由がなければ、1日以内に検査をしに来るのは控えた方がよいと誘導していました。

 検査陽性の場合はタミフル錠の処方をするのですが(検査結果を知りたいだけで、タミフル錠を希望されない場合もありますが、それは当然のことながら尊重していました)、「症状が治まったら、いつから登校・出勤したらよいか」という質問をよく受けました。行政からのチラシに「平熱になってからさらに24時間は家にいてください」というのがあったので、それを参考にしていただくことが多かったと思います。
 「私がいないと会社がやっていけないので、なるだけ早く出勤したい」という話であれば、「行こうとする直前にもう一度診断キットの検査をしに来てください」といっておきました。その時に陰性であれば、最初から1~2日しか経っていなくても出勤の許可を出していました。許可というか勧告というか。僕の判断というか。国を挙げてのパニックの様相はないので、その人の判断によると思いました。やっぱり、勧告とかアドバイスだったと思います。

 「この人は全然インフルエンザらしくない」と思った人が「是非、検査をして欲しい」としつこく言うので仕方なしに検査をしたら陽性であったことも一度や二度ではありませんでした。逆に、医者の僕が「これはきっとインフルエンザだから検査をしましょう」と無理やりしたら陰性であったこともありました。症状でインフルエンザかどうかは判りません。せいぜい、「それらしい」とか「非常にそれらしい」とかくらいしか判りません。健康本で、さも判るようなことを書いている先生がいるけれど、僕はそんな決定論的なことは言えないと思います。こういう種類のものの診断は後で判ってくるものです。しかし、検査自体にも偽陽性や偽陰性があるので、実は、判らない部分は残るのです。

 診療所を退職して、2年ほど民間の総合病院の半日外来勤務をさせてもらいました。そうすると、そこの外来では、ナースがカルテを持ってきて、「インフルエンザの検査の結果が出ましたので診察お願いします」でした。それで、医師の仕事が減って楽をしました。僕は診療所で活動している時も「風の噂」で、自分のところ以外ではどうやらナースが検査をしているようだと伝わっていましたので、「やっぱり、そうだった」と思いました。それでも、実際は、問題はないのだと思いました。ナースに「どういう方法でやっているのか」という質問もしませんでした。その病院での長らく定番となった方法を踏襲しているので、OKと思いました。あくまでも簡易キット検査であるので、もともと確定的なことはないとも思っていました。まあ、僕は、自分の管理下で運営していた診療所では自分の方針でしたかっただけということです。
 ただ、個々の被検者の検査結果が出た時は、この結果がその方に対して役に立っているという気持ちにはなっていました。個々においては、例えば感度90%・特異度80%というのであれば、それは8~9割の信憑性があるということだから、そうなのでしょう。

 (注)その後、亀田感染症ガイドライン(2018年8月改訂)などの情報を見る機会がありましたが(次のブロブを書くために、改めて調べようと思った)、インフルエンザの簡易キット検査には偽陰性が非常に多い(50~30%)ことを知りました(感度が50~70%で、特異度が90%以上)。こんなに偽陰性が多いとは勉強不足で知らなかったです。なお、2014年11月のラジオNIKKEIの記事では、偽陽性も偽陰性も5~15%(小児ではどちらも5%以下)というのがあったのですが(複数の論文のメタアナリシス)・・・・・。そうすると、インフルエンザにおいて臨床診断と検査結果とが一致しない場合においては、検査結果よりも経験ある医師の判断の方が真実に近い蓋然性がありえます。いづれにしても実地臨床の場では、当面の決着を一応付けないといけないので、「総合的に」とか「多分」ということにならざるをえないでしょう(2020.05.06)



 

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